雑記別冊―ロックバンドが背負う「物語」の話

昨日、くるりからファンファンが脱退とのニュースを見た。今後はまた岸田と佐藤の2人体制に戻ると言う。

個人的には、いきなりワーッと3人入ったうち残り続けた1人というイメージを持ち続けた今に至っているような感じが、思い返してみると3人体制になったのが2013年の春だから、8年近くも続いた編成だったんだなと驚いた。これまでのバンドの歴史の中でも一番安定した時代だったんじゃないだろうか。
SNSの反応もザーッと読んだ。ファンは当然彼女への惜別と感謝、これからのバンドへの期待に終始している一方で、そうでもない傍観者(僕も半分くらいはそこにいる)からは「まあ、驚かないけどね」くらいの反応も多かった。これはもう、くるり自体が日本のポピュラーなバンドにしては加入脱退劇が多い故だろう。

ファンファンのトランペットソロがある曲で、真っ先に思い出したのがコレだった。
結局彼女が在籍している時期のくるりは拝めず終いになってしまった。こんな事態でさえなけりゃ野音に行っていたかもしれないのに。

ロックバンドと「物語背負い」

ともかく、ファンにしてもそれ以外にしても、脱退を受けてのバンドの今後の活動に疑問と言うか、不安を抱いているような人間はまったく見受けられなかった。皆くるりはあくまでも岸田と佐藤のものと言うか、大変抽象的な話になるが、このバンドの物語の大半は2人が背負っていると理解しているからなのだろうなと思う。
ポップスは、中でも特にロックは、作品そのものと同等もしくはそれ以上に、バンドの固有性に価値が置かれやすい。ファンはバンドが築き上げてきた物語やキャラクターを共有することで、彼等に対する私的価値を向上させようとする。これが行き過ぎると「この曲が好きだからこのバンドのファン」が「このバンドのファンだからこの曲が好き」へと取って代わり、本末転倒な形になりかねないのだが、それはまあどうでもいい。

だから、くるりのようにバンドの物語を背負っている人間が残り続けるか、もしくは別のメンバーがそれを受け継ぐか、それができるバンドが揺らぐことはまず無い。
蛇足だが、ここで言う「物語背負い」は決してバンドのメインコンポーザーとイコールじゃないのが難しい。良く言われている言葉だと「精神的支柱」とか、あの辺りの方が近いような気がする。

「メンバーの消失」という強力な物語

別のメンバーが物語を受け継ぐことに成功した例は稀だ。しかもその殆どは不本意と言うか、受け継がざるを得ない状況(死、失踪、エトセトラ)に陥ったケースだ。
イアン・カーティス志村正彦亡き後のニューオーダーフジファブリック、リッチー・エドワーズが失踪して以降のマニックスがそれにあたるが、これは本当に身も蓋も無い言い方をすると
「中心メンバーの消失を、あえてバンド継続の道を選ぶことで乗り越えた」
という、かなり明確でドラマチックな物語が付与されたとも言い換えられる。思い入れの強いファンは離れるどころかこうした強力な物語を与えられて、ますます価値を見出そうとする。やっぱりあの人がいた頃の曲とは違うなとどこかで思っていながらも、何だかんだで聴き続ける。

最近のニューオーダーはライブの〆にジョイ・ディヴィジョン時代の代表曲「Love Will Tear Us Apart」を選んでいる。しかも演奏中バンド後方のモニターには、丁寧なことに生前のイアンの写真と「FOREVER JOY DIVISION」という文字が大映りする。
随分前の来日公演でそれを見て、何もこんなあざといことしなくてもと思う一方で、やはりこみ上げるものもあった。僕も僕でちゃっかり物語に酔っている身分である。

WANDSの「物語背負い」は誰だったのか

ここまで長ったらしく書いてきて思い出したのが、WANDSの再結成にまつわる話だ。
20年ぶりに動き出した新生WANDSのボーカルは上原大史と言い、誰もが期待したであろう全盛期のボーカル(上杉昇)ではなかった。これには賛否両論巻き起こり、中でも多くを占めた意見が「上杉不在ならばWANDSと名乗るべきではない」というものだった。

当時の僕はそれを見ながら、それは些か暴論なんじゃないかと思っていた。
上杉はいないにせよ、当時のメインコンポーザーだったギターの柴崎浩は復帰した。バンドの音を作っていた張本人が再結成に踏み出したのなら、それはもう名実共にWANDSそのものだろうと。ただ一方で、その理屈を基に上杉のいないWANDSを素直に喜べるかと考えると、それもまた微妙ではあった。

で、結局今回のエントリを書いて改めて思ったのは、確かに柴崎はコンポーザーとして当時のWANDSの音を形付けていたにせよ、このバンドの物語そのものは上杉が一身に背負っていたんじゃないか、ということだ。
デビュー当初のWANDSは、ビーイングによってガワを1から10までお膳立てされた、要は商業的に作られたバンドだった。適当なアルファベットのバンド名をあてがわれ、織田哲郎をはじめとした会社お抱えの作家陣から売れ線のキラキラした曲を貰い、粛々とそれをレコーディングし、露出も最低限に留める。これは当時のビーイングの戦略によるもので、実際、REVにせよBAADにせよZYYGにせよ、歌や演奏が異なるだけで大体似たり寄ったりのバンドが量産されていた時代があったわけだ。
WANDSがそこら辺のアルファベット達と一線を画していたものがあったとすれば、それは上杉の歌唱力と、何より歌詞から窺える至極パーソナルな感情だった。
会社が仕立て上げた「爽やかなポップスグループ」的なイメージのままで歌詞を読むと、実は中々エグいことを歌っており、大抵そのギャップに驚く。己の雇い主ビーイングに始まるエンタメビジネス全体への不信感、そこを起点に拡大された薄ぼんやりとした厭世観ニヒリズム――こうしたパーソナルな感傷を量産型キラキラポップスに押し込めて歌う、そのアンバランスさこそが全盛期WANDSの魅力であり、尚且つ歪な形ではあるにせよ、何もかもを会社に作られたこのバンドが持ち得た、たった唯一の固有的な物語ではなかったのだろうか。

そう考えると、当然上杉のいないWANDSでは上記のマジックは成立し得ないし、仮に上杉が戻ってきたとしても、ビーイングは勿論、音楽産業の構造そのものが大きく様変わりしている現在では、結局あの頃のWANDSの再来は望むべくもないような気はする。
じゃあやっぱりボーカルは交代して正解だったんじゃんと言われると、そう言い切ることもやはり違うような気がする。どの道今のWANDSは、あの頃のWANDSとは別の物語の上にいるバンドと認識して聴くのが一番良さそうではある。

もう分からん

まったく結論が出ない上に話も飛び飛びでワケが分からないエントリになってしまったが、とにかくロックを愛するというのはかくも面倒なものなのだ、と書いて終わりにする。
ご意見ご感想があれば是非お聞かせください。