雑記別冊―年末年始にチャリを漕いだ話1

謹賀新年、今年も何卒宜しくお願いします。

年末から年始にかけ、ロードバイクを引っ提げて東海道を辿っていた。
年が明けようとコロナ禍は収まりを見せず、首都圏でも連日最多感染者数を更新しているような最中で気が引けるが、もう行ってしまったものは行ってしまったものなので、ひとまず顛末をここに書き記す。

12/29(初日)川崎→京都

明け方に地元を出る。この日は輪行で京都へ行き、自転車は漕がずに市内をうろつくことにしていた。

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東京から新幹線に乗り、一気に京都へ向かう。コロナ禍の影響か、車内は年末とは思えない異常なガラガラ加減だった。
ここ数年になって、指定席後方の大型荷物スペースは追加で1000円払わないと使えないようになった。自由席はスペースそのものが使えず、デッキに置こうにもひたすら通行の邪魔なので、大人しく金を払って指定席とスペースを確保するのが一番だ。

京都駅の手荷物預かり所に輪行袋を預け、一気に身軽になる。京都で働いている大学の同期A(以下B、Cと登場する)と合流し、地下鉄で河原町へ。
翌日は土砂降りになると聞いていたが、その日は清々しい冬晴れで、陽に照らされた鴨川が眩しかった。去年だけで京都には3回来ているが、この景色は何度見ても飽きることが無い。

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八坂神社を左に曲がったところによしもと祇園花月があり、同じ建物に「祇園京めん」と言う蕎麦屋がある。3年前の夏、京都に来た時に立ち寄った店で、そこで食べた親子丼が素朴で美味かった記憶があった。

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今回はうどんと天とじ丼のセットを頼む。冬の盆地はまあそこそこに寒く、かけうどんの出汁がいたく沁みた。

その後八坂神社、知恩院北野天満宮下鴨神社と節操無く近場の寺社を回った。巡る先の全ての賽銭箱に五円玉を投げていると、逆にバチが当たりそうな予感がする。とりあえず、無事に東京に戻れますようにと手を合わせておく。
下鴨神社の目と鼻の先に「加茂みたらし茶屋」がある。みたらし団子の起源は下鴨神社の屋台からだという。

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コンビニで売られているようなやっすいみたらし団子しか食べたことがないもので、タレがドロドロしていないのと、団子が思ったほど伸びず簡単に嚙み切れるのが新鮮だった。何かよく分からんけれど、多分コレが本場の味なのだ。

日も暮れ、京都駅で輪行袋を回収、適当な居酒屋で夕飯をとった後にAと別れ、宿に着く。よくあるチェーンのビジネスホテルだが、年末年始に破格の2500円。
京都は一昨年までのインバウンド需要で、アホみたいなペースでホテルやドミトリーが乱立していたので、価格崩壊が著しい。コロナさえ無ければ年末年始も大勢の外国人観光客で賑わっていただろうに、この現況は何とも言えず。

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夜の段階では月が綺麗に出ており、このまま天気が崩れなければと思ったが、どの天気予報を見てもしっかりと雨マークが付いている。とりあえず翌日は早く起きて、天候次第で道程を判断しようと思い、10時前には消灯した。

12/30(2日目)京都→豊橋

4時半に目を覚ます。いよいよロードバイク東海道を東進する。
この日は豊橋に宿を取っていたが、前日新幹線越しに見た関ヶ原は雪が積もっており、フルで走り通すのは無理だろうと思った。まずは米原まで走って、そこから大垣までは無理をせずに輪行することにした。
カーテンを開けるが、特に「もしかすると」は無く、ちゃんと大雨が降っていた。しばらく待てば弱まるだろうと、たまたまやっていたオールザッツ漫才をしばらく見る。頃合いを見てもう一回カーテンを開ける。何故か雨はますます激しさを増している。
雨雲レーダーによれば雨は9時過ぎには止むらしく、チェックアウトギリギリまで引っ張れば雨を気にせず走れるが、それだと時間的に豊橋まで走り切るのは厳しい。今から走り出せば大雨には打たれるが、豊橋に着けるくらいの時間的な余裕は作れる。
寝起きの足りない頭で悩んだ末、6時にはチェックアウトし、自転車を組み立てて走り出すことにした。この決断がゲロ馬鹿だった。

土砂降りの河原町を出発。
ブレーキがまったく効かず、いつもの倍くらいの制動距離にビビり上がる。フロントのブレーキシューがみるみるうちに擦り減る。四条通は早朝から車通りが多い上に雨で路肩も滑り、この時点で既に出発を後悔する。

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少しばかり懸念していた県境の坂はまったく大したこと無く、京阪京津線の路面区間と並走して、浜大津の地区へ抜ける。
河原町から何kmも走っちゃいないが、雨に濡れたのと寒いのでメンタルが大分削られており、休憩を挟むことにした。装備をバラすのが面倒だから、コンビニや飲食店に寄る選択肢は最初から無い。
一か八か、びわ湖浜大津駅の改札まで自転車を運び、駅員さんに改札内のトイレを貸してください、ついでに自転車も見ておいてもらえますかと欲深いお願いをする。駅員さんは快諾してくれ、これが関西人の人情かといたく感激する。

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京阪石山坂本線の横をしばらく走った後、近江大橋を渡った。琵琶湖の南端、尻尾の部分を横切る大きな橋だが、ご覧の通り雨で霞んでおり、やるせない気分で写真を撮る。
今回を機会に、トップチューブバッグもサドルバッグもTOPEAK製に統一した。サドルバッグは10Lの大容量だが道中まったく垂れ下がらず、しっかり固定すれば走行中もブレにくいので、中々頼もしい。

石山を過ぎると国道8号に合流し、後はパチ屋洋服の青山吉野家ケーズデンキだけが立ち並ぶ、日本中どこにでも転がっているようなゲロつまらないロードサイドが続く。ここは何を楽しむわけもなく、淡々と走るしかない。
そう思っていたら、南草津の辺りで後輪が段差に引っ掛かり、見事にパンクした。

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典型的なリム打ちパンクで、よりによってざんざ降りの最中でこの仕打ちだ。
雨さえ降っていなければ路肩で予備のチューブと取り換える余力もあっただろうが、びしょ濡れから来る不快感と寒さも相俟って、この時点で大分「やんぬるかな」あるいは「もうどうでもいいもんね」という気分になってしまっていた。
草津駅まで自転車を押し、駅前のデッキで輪行袋を広げ、全てを押し込む。とりあえず雨が上がるまでは電車に乗って暖を取ろうと思った。何か色々と見誤ったと言うか、何故雨が上がるのをホテルで待たなかったのかと、今更遅すぎる後悔をした。

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電車は速い。自転車なんぞ漕いでいるのが急に馬鹿馬鹿しく思えてくるくらい速い。
琵琶湖線の新快速は猛スピードで琵琶湖路を飛ばし、アホみたいに口を開けていたら米原に着いていた。予定通り関ヶ原は避けることにし、そのまま大垣方面の電車を待っていると、やって来たのは新快速豊橋行だった。

「これに乗っちまえば2時間と少しで豊橋に着く」
「でも、大垣まで行ったら雨も上がってるだろうし、また自転車乗れるよ」
「いや、パンクしてんじゃん」
「もう雨降ってないからチューブくらい交換できるでしょ」
「ウェアも濡れてるし、風邪引く前に豊橋行ってゆっくりした方がいいよ」
「自転車持ってるんだから極力自転車で移動するのが筋だろうが」
「めんどいし疲れるよ」
「お前には自転車で走り抜くっていう矜持が無いのか」

矜持は無かったので、もう豊橋に行ってしまうことにした。
パンクしたし服は濡れているし寒いし風邪も引きそうだし時間が掛かりそうだし面倒だし、全て諦めて電車で移動する言い訳としては十分だった。自慢ではないが、俺は中々の腑抜けである。

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豊橋は風が強く、雨雲が吹き飛ばされて晴れ空が見えていた。駅を中心に小奇麗に整頓された地方都市で、大通りを路面電車が我が物顔で走っているのが気に入った。路面電車はロマンだ。
宿にチェックインすると、何故かツインに通された。どうにかして一人でどっちも使ってやろうと色々試してみたが、虚しさが募るだけなので早々に諦めた。

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M-1のアナザーストーリーを見ながら、雨に濡れた自転車のメンテナンスをした。クロモリは簡単に錆びるので、濡れたままの状態で放置していると命取りだ。
ついでにチューブも交換したが、最後にタイヤをフレームにはめ直す段階で、パナレーサーのタイヤが硬過ぎてビクともしない。必死にもがいていたらいよいよ両の親指の皮がズル剥けになったので、自分では無理だと思い、豊橋自転車屋を片端から調べ上げる。どこも年末年始の休業の中で唯一イオンバイクだけが引っかかり、藁をもすがる思いで後輪を抱えて急行した。

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イオン豊橋南は、豊橋駅から豊橋電鉄に乗って5駅、そこから更に歩いて20分のところにあった。イオンなんて基本的に車で行くことが想定されているわけだから、電車でのアクセスなんてハナから考えられていない。豊橋鉄道側も特に力を入れるつもりは無いのか、最寄駅には写真の通り駅舎が存在しない。
昼間から強かった風は更に暴力性を増しており、タイヤを抱えて歩くと体ごと持っていかれそうになる。寒風に煽られながら考える。年の瀬に縁もゆかりも無い町で独り、パンクしたタイヤを抱き締めながら独り夜道を歩く男、この構図は何ぞや。最後までロクでもない年だったな。
辿り着いたイオンバイクに客はおらず、店のお兄さんが独りでママチャリのチェーンをいじっていた。事前に電話をしていたので、後輪を見せるとすぐに応じてくれた。

「ロングライド中に後輪がパンクしちゃって、タイヤがハマんないんで……」
「どこ走ったんです? 渥美半島とかですか?」
「いえ、京都から東海道を……」
「京都! 凄いですねえ、疲れたでしょう」

嘘は言っていない。確かに京都から来たし、疲れているし。
プロの手にかかると、いくら硬いパナレーサーだろうがすぐにハマる。お値段は如何ほどかと聞くと、これくらいならお金は大丈夫ですよと返ってきた。これが三河人の人情かといたく感激する。単純な人間だから、すぐに感激してしまう。

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直った後輪を抱えて一安心し、豊橋の市街地に戻って夕食をとる。
どうもカレーうどんがこの町の名物らしいが、それらしき店はどこも閉まっており、諦めて駅前のチェーン店に入ってカツ丼を食べた。走行距離こそゴミみたいなものだが、諸々アクシデントが重なったおかげで、腹だけは一丁前に減っていた。
相変わらず夜風は刺すように鋭かったが、お陰様で雲は完全に吹き飛ばされ、月が濃く映えていた。予報でも、明日はよく晴れるとのことだった。
ホテルへ戻ってシャワーを浴び、M-1のアナザーストーリーをもう一回見た。野田クリスタルの涙を見て無性に嬉しい気分になり、そのまま寝た。翌日も早い。

翌日以降はまた別の記事で。